おっさん語録/いいさ〜。/「美」術というものは存在するのだろうか。③ 昏睡の深い穴


昏睡の深い穴
糖尿病でいう血糖値が六百を超えて昏睡状態になったことがある。
なんとなく暗く温かいような深みへゆっかうり沈んでゆくような、
悪い気分のものでもないけれど、
仕事の締め切りの遅れ続ける自責の念があるので、
暗い温かいなどと楽しんでいるわけにはいかない。
しかし沈み続ける意識に突如、厳しい気配。
眠りの深い穴に首までつかっていたぼくを引っ張り上げるひとがいる。
隣の町の老舗、八幡屋磯五郎の、それはこれはご主人。
一年ていどで完成するはずの絵がもう四年もかかってらちがあかない。
ご主人はさっとデスクの中央に、あるカタログをひろげた。
それには様々料理の献立のカラー写真がならんでいる全てが
日替りの健康メニューなのであった。
つまり、
仕事を生活というか生き方の中心に置き、
家人との間でいつ戦争状態に突入するかわからない、しかも危機管理意識なんてものあるはずもないこの図案屋体制へ、
重要なご提案を下されたのである。
もっとも、
低血糖で横浜駅のホームから落ちそうになったり、
突然めまいがしたり、
朝おきて顔洗うとまたすぐ寝てしまうという自堕落な生活は数年前からだった。
横浜、京都とHOMEの所在は変わったけれど、
この長野の土蔵が仕事場だから、サラリーマンふうにいえば単身赴任。
食事は自分で作ることになり、電気釜の使い方くらいは知っているので、
まず飯を炊く。
さて、
おかずは。味噌がある。塩もあるではないか。
しかしこれでは戦争のころの南の島だったら、
幹部食だが図案屋体制下の土蔵での食事は単純すぎた。
まず植物性タンパク質の代表である納豆、動物性の生卵、・・・青いものも必須だからネギ、あるいは大根おろし。
ときどき茶碗のお湯に味噌を溶かす。
うーむ、旨い。
デザートはリンゴを食べたり食べなかったり。
最後は吟味したコーヒー豆。当時はイノダのアラビアンパール。
この粗食のくりかえしで、立派な糖尿の病人になったというわけです。



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